自己紹介(Tadashi Zusai)

私は2019年7月に会社を辞めて酒類食品関連のお手伝いするコンサルタントとして独立しました。

30年以上の会社勤めを終えて、ここで初めて分かったことがあります。

1.学生時代

小学校高学年よりサッカーを始め、中学高校とサッカー部に所属しましたが、万年補欠でした。

大学に入り、体育会サッカー部に入部しましたが、あまりの上下関係の厳しさがいやになり、2日で辞めました。

けんぼさんによる写真ACからの写真

 

その後アルバイトに明け暮れた為、卒業に必要な単位が不足して、大学4年生時にほぼ毎日学校に通う羽目になりました。その頃、よくしたアルバイトがセブンイレブンにお菓子を納めている問屋さんでした。

そこから、食品産業に興味をもつようになり、就職もその方面に行くことにしました。

ただそれほど優秀な大学ではないので、食品メーカーなどには採用されず、商社(問屋)に就職することになりました。結果ここでお酒とワインの知識を得たことで、その後の社会人としの方向性が定まりました。

2.転職2回の会社員時代

・酒とワイン

大学卒業後、中堅の酒類商社に入社しました。

また体が大きいために、会社のラグビー部に所属し関東社会人の4部の試合に2年間出場しました。そのまま40歳になり、独身で年収480万円、何の疑問もなく働いていました。またブラックではなく、いい人が集まるいい会社でした。ただし、休みは少なかったと記憶しています。

ここでワインの資格であるワインアドバイザー(後にソムリエ)を取得し、フランス・ドイツの複数のワイナリーに研修に行かせていただきました。ちょうど1993年のドーハの悲劇の時代です。

この時、特に現地で感じたのは、ボルドーの著名なシャトーはどこも同じ機械で、同じ作り方をしていたことです。

これは何を表しているかと言うとワインの品質は、土壌と生育しているブドウに左右されるということです。

余談ですが、ヨーロッパはディーゼルの乗用車ばかりが走っていいて、当時の日本とは大違いだなと思いました。

この頃から、財閥系総合商社の力が増し、独立系専門商社では将来に明るい希望が持てませんでした。

・食品

そこで40歳になった時に、食品メーカーに転職することが出来ました。そして結婚し、子供も授かりました。

食品メーカーでは今までの酒類業界の知識を生かし、酒類を取り扱う商社や量販店などの小売店やホテルやメーカーも含めた外食全般を担当しました。

ただ、ここでは15年勤めて、職位は上がったのですが、年収は変わらず、厚生年金や保険料が値上がりするばかりで、手取りは毎年減る一方でした。

・微細藻類と語学

そしてまた転職を決意し活動。開始から3年、応募した企業は148社と随分苦労しましたが、転職に成功しました。

転職先は幅広い意味での食品業界である微細藻類の開発及び販売企業に、スカウトされ転職(自分ながら驚きました)しました。

ここでは化粧品やサプリメントの原料になるミクロンサイズの微細藻類を作っていました。

ここでこのまま定年を迎えた後も、65歳まで雇用延長してもらおうと考えていました。

この頃よりワインを楽しむだけでなく、ウイスキーにも興味をもち、月に2~3本のシングルモルトをストレートやロックで飲むようになり、あらためてウイスキーの勉強をし直しました。

・ホテル

この藻類の会社を2年半勤めたあと、グループ会社のホテル運営会社へ、新規ホテル開発のメンバーとして参加することになりました。

ホテル運営会社では食の専門家として飲食関連の責任者をさせてもらい、レストラン開発をしました。またシステムの選定や営業・マーケティングのリーダーもまかされました。

ここで競合他社ホテルの覆面調査をかなりの頻度でおこない、そのおかげでホテルのかなりのノウハウを蓄積することが出来ました。

そしてまた、ここで昔のお酒の知識が生かせるようになり、メニュー造りやお酒の選定を行いました。

3.会社員生活を終えて

・転機

会社員生活も、終盤に差し掛かり、このまま満員電車にゆられながら、定年後も委託で働くという将来は考えられなくなりました。

ここで、会社勤めはもうやめようと思い、独立することにしました。そしてコンサルタントを目指すために、2019年7月31日、依願退職しました。

・考え方を変える

しかしコンサルタントとしての案件受注は非常に難しく、なかなか契約を取れません。無理もありませんでした、そんな見ず知らずのコンサルに、すぐに依頼など来るはずもありません。

そこで、いまさらながら契約につながるであろう、人脈のネットワークを広げようと決意しました。

会社員時代には毎日、沢山の人と会ってきましたが、殆どの方とは再度連絡を取ったり、面会をお願いするということは、あまりありませんでした。

でも辞めてから会った方には必ず、SNSやメール・電話などでお礼と、再会につながる一言をそえるようにしています。おかげさまで、ここ2ヶ月のFacebook友達の数が、直近3年間の数を上回りました。

そして、いくつかの偶然のつながりを得て、案件獲得につながる知人を作ることが出来ました。

4.ブログ運営

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・自分の経験と自由な生活

会社に雇われていないという事は、通勤・昼休み・残業・休憩・管理など全く関係なく、自由な生活となりました。ただし、自由な時間が持てる引き換えに、給料という収入が無くなりました。

それでも、今までずっとやりたかったブログを書こうと思い、こうして毎日書いています。

今までの自分の経験からくる強みは以下にあげる4つです。

・酒類食品の営業マーケティング職としての商品全般の知識

・40代、50代で年収アップした転職活動の経験

・語学学習の為のフィリピン留学5回と台湾留学2回の経験

・数えきれないほどのホテル宿泊と旅行経験

そんな知識と経験を皆さんのお役に立てるよう、記事にしていこうとサイトを立ち上げました。

 

5.簡単な経歴です。

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箱根駅伝常連校の大学卒業

●職歴

・酒類商社:営業職でボジョレーヌーボを酒屋さんに売りまくりました。また関わったワインの売り場は数知れません
・食品調味料メーカー:開発営業職として主に調味料を酒販ルートに販売、原料は醤油会社が主な取引先でした。また楽天市場の店長も務めさせて頂き、WEBマーケティングの奥深さを知りました。
・微細藻類開発会社:営業部長兼WEB責任者として、商品の規格作成や販売先を開拓しました。
・ホテル開発運営会社:飲食兼営業責任者として、WEB販売や予約サイト、コーポレートサイトを構築。また、ハンディキャップのある人たちが使うユニバーサルルームを、IoTの機器を組み合わせて音声でコントロールできるように変更しました。
・そして独立

●資格

ソムリエ:一般社団法人日本ソムリエ協会

食品衛生責任者:東京都福祉保健局

TOEIC635(2015年3月取得):【公式】TOEIC Program|IIBC

HSK3級(2018年1月取得):中国語検定【中国政府認定資格】

ウイスキー検定3級:ウイスキー検定

ホテルマネジメント3級:一般社団法人日本宿泊産業マネジメント技能協会

食品保健指導士:公益財団法人日本健康・栄養食品協会

●出身地

千葉県、ここ以外住んだことがありません。最寄りの駅は話題の津田沼です。

●年齢

58歳(2019年11現在)

●その他

・血液型:A型
・性格:おっとり、のんびり
・趣味:ゴルフと言いたいところですが、半年間プレーしていません。
・好きなもの:甘いもの・カリフォルニアの赤ワイン、嫌いなもの:牛乳(いまだに飲めません)
・尊敬する人:父親(他界しています。)

最後までお読みいただきありがとうございました。

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